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福岡高等裁判所 昭和62年(行コ)18号 判決

北九州市八幡東区西本町四丁目一四番一六号

控訴人(一審被告)

八幡税務署長

北嶋喜一

右指定代理人

永松健幹

北原久信

末廣成文

高木功

佐藤治彦

石橋一男

北九州市八幡東区前田二丁目四番二一号

被控訴人(一審原告)

式邦良

右訴訟代理人弁護士

阿川琢磨

主文

原判決主文第三項を取り消す。

被控訴人の請求(控訴人が被控訴人に対し昭和五一年三月一二日付で行つた(一)被控訴人の昭和四八年分の所得についての原判決別表(四)の(1)の「(ロ)更正額」欄記載の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分〔ただし、同年八月七日付の異議決定により、同別表(四)の(1)の「(ハ)異議決定額」欄記載の金額とされたもの〕並びに(二)被控訴人の昭和四九年分の所得についての同別表(五)の(1)の「(ロ)更正額」欄記載の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分〔ただし、同年八月七日付の異義決定により、同別表(五)の(1)の「(ハ)異義決定額」欄記載の金額とされたもの〕についてのもの)を棄却する。

訴訟費用は、第一審、差戻前の第二審、上告審及び差戻後の第二審を通じ、被控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の申立

控訴人は、主文と同旨の判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。訴訟費用は、上告審及び差戻後の第二審を通じ、控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

二  当事者の主張

1  請求原因

(一)  被控訴人は、昭和四八、四九年分の各所得につき原判決別表(四)の(1)及び同(五)の(1)の各「(イ)申告額」欄記載の青色申告による各所得税の申告(以下「本件各申告」という。)をしたところ、控訴人は、昭和五一年三月一二日、本件各申告の青色申告としての効力を否定し白色申告となみし、昭和四八年分の所得につき同別表(四)の(1)の「(ロ)更正額」欄、同四九年分の所得につき同別表(五)の(1)の「(ロ)更正額」欄各記載の各所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)を行つた。

(二)  しかしながら、次の事情のもとでは、被控訴人が青色申告の承認申請書を提出せず、税務署長の承認を受けていないときでも、本件各申告に青色申告としての効力を認めるべきであり、また、控訴人が被控訴人に対し被控訴人名義の青色申告承認手続を必要としない旨の公的見解を表示し、右表示に基づき青色申告をした被控訴人に対し著しい経済的不利益を与える本件各処分をしたということができ、被控訴人が自己名義の青色申告承認手続を必要とすると思わなかつたことについて被控訴人には過失はなく、控訴人が被控訴人の青色申告としての本件各申告を白色申告として所得税額を計算し、本件各処分をすることが信義則に反するという特別の事情があるというべきである。したがつて、控訴人が被控訴人に対し本件各処分をしたことは違法であり、取り消されるべきである。

すなわち、

(1) 被控訴人の実兄であり、かつ、養父であつた式貞道(昭和四七年九月二一日死亡)は、戦前から酒類販売業の免許を受け、式商店の商号で酒類販売業を営んでいた。

(2) 被控訴人は、昭和二五年四月門司税務署を退職し、式商店の営業に従事するようになり、昭和二九年一一月ころから事実上被控訴人が中心となつて同店の業務を運営するようになつた。

(3) 貞道は青色申告の承認を受けており、式商店の営業による事業所得については、昭和二九年分から同四五年分まで貞道名義により青色申告がされてきたが、これは経営主体の変更にともない被控訴人が強い希望をもつていたにもかかわらず、酒類販売業の免許の貞道名義から被控訴人名義への移転が禁圧されていたためで、そうするうち、被控訴人は、免許業種に実質所得者課税の原則が適用されることを知つて、事前に八幡税務署所得税課統括官に相談し、その旨予告したうえで、昭和四七年三月、同四六年分につき貞道宛に送付されてきた青色申告書用紙を使用し、被控訴人が青色申告の承認を受けることなく自己の名義で青色申告書による確定申告をしたところ、八幡税務署所得税課所属調査官が右申告書を受理し、貞道名義の青色申告書と対比して非違の有無を調査したうえ、行政指導として修正申告を勧告し、被控訴人は、その勧告のとおり修正申告を行つたが、その際、同調査官が青色申告の承認があるかどうかの確認を怠り、なんらの指摘もしなかつたため、自己名義の青色申告が、修正申告の結果、控訴人により過誤のない有効なものとして認められたと確信した。さらに、昭和四七年分から同五〇年分までの所得税についても、被控訴人に青色申告用紙を送付し、被控訴人の青色申告書による確定申告を受理するとともにその申告に係る所得税額を収納してきたので、被控訴人は、自己名義の青色申告の有効性に疑問を抱く余地がなかつた。

(4) 貞道名義で青色申告を継続してきた間、青色申告の承認を取り消されるようなことはなく、昭和四六年以降も式商店の帳簿書類の整備保存態勢に変化はなかつた。

(5) 被控訴人は、昭和五一年三月、控訴人から青色申告の承認申請がなかつたことを指摘されるや直ちにその申請をし、同年分以降についてその承認を受けた。

(6) 控訴人は、昭和五一年三月一二日突然本件各申告の青色申告としての効力を否定し、白色申告としての本件各処分をして、不足納税額を徴収した。

(三)  よつて、原告らは、被告の行つた本件各処分の取消を求める。

2  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)の事実は認める。

(二)(1)  同(二)の冒頭の点は争う。

(2)  同(二)の(1)の事実は認める。

同(二)の(2)の事実中、被控訴人が昭和二五年四月門司税務署を退職し、式商店の営業に従事するようになつたことは認める。

同(二)の(3)の事実中、貞道が青色申告の承認を受けており、式商店の営業による事業所得については、昭和二九年分から同四五年分まで貞道名義により青色申告がされてきたこと、免許業種に実質所得者課税の原則が適用されること、昭和四七年三月、同四六年分につき貞道宛に送付されてきた青色申告書用紙を使用し、被控訴人が青色申告の承認を受けることなく自己の名義で青色申告書による確定申告をしたこと、控訴人が昭和四七年分から同五〇年分までに所得税についても、被控訴人に青色申告用紙を送付し、被控訴人の青色申告書による確定申告を受理するとともにその申告に係る所得税額を収納してきたことは認める。

同(二)の(4)の事実中、貞道名義で青色申告を継続してきた間、青色申告の承認を取り消されるようなことはなかつたことは認める。

同(二)の(5)の事実は認める。

同(二)の(6)の事実は、突然との点を除き、その余は認める。

(三)  本件各処分をすることが信義則に反するとの被控訴人の主張について

(1) 租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんづく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たつては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになつたものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならない。

(2) ところで、信義則の法理適用の要件である公的見解の表示は、少なくとも租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護させることになる信義則要件の一つであるから、それは、事実上納税者をも拘束し、準法規的性格をも有する法令の解釈に関する公開の通達、税務官庁としての責任ある者からなされた公文書による回答、通知等、信頼度の強いものでなくてはならず、単なる意見若しくは意向の表示では足りないというべきである。

ところが、被控訴人の主張するところは、調査の際の一調査官の調査と勧告にすぎないから、信義則の適用にあたつて要件とされる公的見解の表示とは到底いえないものである。しかも、右調査の際、被控訴人は調査官に対し青色申告の承認を経ていないことの適示及び承認申請の手続等について一切相談しておらず、また、調査官も被控訴人に対して右青色申告を認める旨の意向を表示していないのであるから、被控訴人の昭和四六年分所得税の青色申告に対する右調査官の調査とこれに基づく修正申告の勧告は被控訴人に対して青色申告を認める旨の意見、意向の表示ですらなく、公的見解の表示に当たらない。

また、被控訴人は、控訴人が青色申告書用紙を送付し、被控訴人がこれにより所得税額を納付したのを収納し続けたことを公的見解の表示と見るべきである旨主張するようであるが、これをもつて公的見解の表示ともいえない。

(3) 信義則の法理適用の要件である経済的不利益とは、個別事案の諸事情によつて決せられるべきものであり、これを一般的に定義することは困難であるが、例えば、長年にわたつて課税庁が非課税の取扱いを続け、そのため納税者の方も非課税と信じてそのつもりで経営経理を続けるとき、一度に過年度に遡つて多額の課税をすることにより納税者に甚大な支障、不測の損害を被らせるような場合と解すべきであるところ、本件においては、本件各処分により、被控訴人は、青色申告の効果としての特典を受けられないため本来納付すべき税額の納付義務を負わされたというにすぎず、本件において、被控訴人が受けたとする不利益を強いて観念するとすれば、それは、せいぜい青色申告による特典に対する何ら根拠のない事実上の期待利益が失われたというにすぎないのであつて、かかる期待利益が失われたというだけでは、被控訴人に重大な不利益を与えたとは到底いうことはできないというべきである。

すなわち、青色申告制度は、申告納税制度の下で、納税者に帳簿書類の記帳及び保存の慣行並びに正確な確定申告を奨励するという税務行政上の目的から、白色申告者、給与所得者等との租税の公平負担の原則を犠牲にして、特にあらかじめ税務署長の承認を受けた納税者に対し、特別の課税上の優遇措置を与えるものであつて、右特別の優遇措置を受けられないため、本来の納税義務を負担したことをもつて、直ちに重大な不利益であると解することはできないものといわねばならない。

(4) 信義則の法理適用の要件である納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかについてみるに、被控訴人は、元税務職員であつて、青色申告の承認については十分知識を有していたことが認められるのであるが、昭和四六年分の確定申告をした昭和四七年三月当時は、式商店の営業をほとんど単独で行つていたとはいえ、貞道自身はあくまで酒類販売免許を被控訴人名義に変更することを拒否しており、右式商店の営業資産がすべて被控訴人の所有であるとか、右営業所得が同人に帰属すると主張し得る立場になかつたものであるのに、貞道が死亡した場合においては、同人の財産について、被控訴人ら相続人に対し多額の相続税がかかることを考慮し、将来、右営業資産は以前から被控訴人に所属していたとの事実を仮装するため、あえて青色申告の承認を得ることなく貞道あて送付された青色申告書用紙を用いて自らの名義で確定申告を行つたものであるから、昭和四六年分に対する調査官の調査及び修正申告の勧告、並びに、控訴人の昭和四七年分以降の被控訴人に対する青色申告書の送付、申告書の受領及び税金の収納といつた行為も、もとをただせば被控訴人の責に帰すべき一連の行為に記因するものであつて本件各処分に信義則の法理を適用することは到底許されないものである。

控訴人が行つた昭和四六年分に対する調査並びに「受理」、「収納」及び「送付」が被控訴人の申告書を正当なものと認める意味を持たないことはもちろんであるが、元税務職員で永年酒類の販売に従事してきた被控訴人において、控訴人の右各行為が青色申告を行うことを是認する意思表示でもなく、また、是認する法律効果も持たないという事情を知らなかつたということはあり得ず、被控訴人が、青色申告の承認が必要であることを知りつつあえて青色申告の承認を受けないで本件確定申告を継続したことは明らかであり、被控訴人か控訴人の行為を信頼し、その信頼に基づき青色申告の承認申請をすることなく確定申告をしたことはない。

仮に、被控訴人が、控訴人の行為を青色申告の承認であると誤信し、その誤信に基づき行動したとしても、それは、文字どおり根拠のない全くの誤信である。すなわち、所得税法は、青色申告をなすには申請、承認という手続が必要があることを明定しているのであつて、青色申告の承認を受けている者から営業譲渡を受けた場合には申請及び承認は不要であるという解釈は出てこない。

したがつて、仮に被控訴人においてこれらの点に関する法の不知があつたとしても、被控訴人のこの誤信には重大な過失があつたものというべきである。

さらに、被控訴人の統括官に対する相談は、所得の帰属に関する相談であり、しかもその相談内容も個別具体的なものではなく一般的な相談であり、青色申告の承認について何ら相談したことはない。

したがつて、統括官に相談したことをもつて被控訴人に過失がなかつたことの理由とすることはできない。

以上によれば、被控訴人が控訴人の行為を信頼して行動した事実はない上、仮に信頼して行動したとしても、被控訴人の責に帰すべき事由によるものであることは明らかである。

(5) 以上の次第で、本件について信義則の法理を適用すべき特別な事情は存在しない。

三  証拠関係

本件記録中の第一審及び差戻前の第二審の各書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因(一)の事実(本件各申告、本件各処分等の存在)は当事者間に争いがない。

二  まず、被控訴人は、本件においては、被控訴人が青色申告の承認申請書を提出せず、税務署長の承認を受けていないときでも、本件各申告に青色申告としての効力を認めるべき事情があると主張する。

しかしながら、所得税法第二編第五章第三節に規定する青色申告の制度は、納税者が自ら所得金額及び税額を計算し自主的に申告して納税する申告納税税度のもとにおいて、適正課税を実現するために不可欠な帳簿の正確な記帳を推進する目的で設けられたものであつて、同法一四三条所定の所得を生ずべき業務を行う納税者まで、適式に帳簿書類を備え付けてこれに取引を忠実に記載し、かつ、これを保存する者について、当該納税者の申請に基づき、、その者が特別の申告書(青色申告書)により申告することを税務署長が承認するものとし、その承認を受けた年分以後青色申告書を提出した納税者に対しては、推計課税を認めないなどの課税手続上の特典及び事業専従者給与や各種引当金・準備金の必要経費算入、純損失の繰越控除など所得ないし税額計算上の種々の特典を与えるものである。青色申告の承認は、所得税法一四四条の規定に基づき所定の申請書を提出した居住者(同法二条三号)に与えられる(同法一四六条、一四七条)。そして、青色申告の承認の効力は、その承認を受けた居住者が一定の業務を継続する限りにおいて存続する一身専属的なものとされている(同法一五一条二項)。

以上のような青色申告の制度をみれば、青色申告の承認は、課税手続上及び実体上種々の特典(租税優遇措置)を伴う特別の青色申告書により申告することのできる法的地位ないし資格を納税者に付与する設権的処分の性質を有することが明らかである。そのうえ、所得税法は、税務署長が青色申告の承認申請を却下するについては申請者につき一定の事実がある場合に限られるものとし(一四五条)、かつ、みなし承認の規定を設け(一四七条)、同法所定の要件を具備する納税者が青色申告の承認申請書を提出するならば、遅滞なく青色申告の承認を受けられる仕組みを設けている。このような制度のもとにおいては、たとえ納税者が青色申告の承認を受けていた被相続人の営む事業にその生前から従事し、右事業を継承した場合であつても、青色申告の承認申請書を提出せず、税務署長の承認を受けていないときは、納税者が青色申告書を提出したからといつて、その申告に青色申告としての効力を認める余地はないものといわなければならない。

そして、控訴人が、青色申告の承認を受けていた実兄かつ養父貞道の営んでいた酒類販売業にその生前から従事し右事業を継承したが、その昭和四八年分及び同四九年分の各所得税について青色申告の承認を受けていないことは当事者間に争いがないのであるから、被控訴人の右両年分の所得税の確定申告、すなわち本件申告については、青色申告としての効力を認める余地はなく、これを白色申告として取り扱うべきものである。

それで、被控訴人の前記主張は理由がない。

三  また、被控訴人は、本件においては、控訴人が被控訴人に対し被控訴人名義の青色申告承認手続を必要としない旨の公的見解を表示し、右表示に基づき青色申告をした被控訴人に対し著しい経済的不利益を与える本件各処分をしたということができ、被控訴人が自己名義の青色申告承認手続を必要とすると思わなかつたことについて被控訴人には過失はなく、控訴人が被控訴人の青色申告としての本件各申告を白色申告として所得税額を計算し、本件各処分をすることが信義則に反するという特別の事情があると主張する。

しかしながら、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができる場合があるとしても、法律による行政の原理なかんずく租税法律主義の原則が貫かれるべき租税法律関係においては、右法理の適用については慎重でなければならず、租税法規の適用における納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れしめて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、初めて右法理の適用の是非を考えるべきものである。そして、右特別の事情が存するかどうかの判断に当たつては、少なくとも、税務官庁が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、のちに右表示を反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになつたものであるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責めに帰すべき事由がないかどうかという点の考慮は不可欠のものであるといわなければならず、この点は控訴人の主張するとおりである。

そして、第一審証人江見五城の証言により真正に成立したものと認められる甲第二号証、第九号証の一ないし一四、同審における被控訴人本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三、四号証、成立に争いのない甲第五号証の一ないし六、第六号証、第九号証の一五、第一〇号証、第一一号証の一、二、第一七号証、乙第一ないし第六号証、第一四号証、第一九、二〇号証、第二二、二三号証、第二六号証、第四四号証の一、二、第四五号証、第四八号証の一、第四九号証、同審証人内田守、同江見五城、同稲月八米、同内田ヨシエ、同清原甲乙、同木原博隆、同久富庄吉、同龍神旭、同濱田俊治の各証言、同審における一審相原告式ツタエ、同式美智子、第一審、差戻前の第二審における被控訴人各本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおり認められる(なお、以下には争いのない事実を一部含む。)。

1  被控訴人の実兄であり、かつ、養父であつた式貞道は、戦前から酒類販売業の免許を受け、式商店の商号で酒類販売業を営んでいた。

2  貞道は、戦前からかなりの酒好きであり、昭和三二年八月から一〇月までアルコール精神病(渇酒症およびアルコール幻覚症)により病院に入院したこともあり、酒に酔うと家族や従業員にしばしば暴力を振う状態であつた。

このようなことから、昭和二五年四月門司税務署を退職し式商店の営業に従事していた被控訴人は、昭和二九年一一月ころから事実上中心となつて酒類販売業の業務を運営するようになつた。

3  被控訴人は、昭和四四年一二月鉄筋コンクリート鉄骨造二階建一階四四一・三一平方メートル、二階一五九・一八平方メートルの店舗兼居宅兼倉庫を建築し、その資金約二二〇〇万円の大半を右営業用資産から出し、自己名義に保存登記をした。

4  右営業について、昭和四五年一二月福岡銀行八幡支店に被控訴人の普通預金及び当座預金各口座が開設され、貞道の普通預金口座は解約されたが、従前からの貞道の当座預金口座はそのままで同入の死亡まで利用された。

5  右酒類販売業における酒類販売免許は、貞道の死亡まで同人名義であり、右名義を変更することは困難であつたとはいえ可能であつたが、被控訴人への変更手続きがなされようとしたこともなく、貞道は死亡まで右名義を変更することは拒否していた。

6  貞道は、昭和三四年から同三六年にかけて民生児童委員、町内会長、保護司を委嘱され、保護司については死亡時までその地位にあり、その健康状態は、昭和四五年前記建物の新築祝の席上で挨拶をする等右酒類販売業の営業に全く堪えないものではなかつた。

7  貞道は、青色申告の承認を受けており、式商店の営業による事業所得については、昭和二九年分から同四五年分まで貞道名義により青色申告がされてきた。

8  貞道は、昭和四六年九月糖尿病等のため入院し、昭和四七年九月二一日死亡したが、その直前の同月一〇日貞道、ツタエ夫妻と、被控訴人の妻である美智子及びその子らとは養子縁組をした。

9  被控訴人は、酒類販売業の免許の貞道名義から被控訴人名義への変更を希望しているうち、免許業種に実質所得者課税の原則が適用になることを知つたうえで、昭和四六年分の確定申告に先立つて、八幡税務署所得税課統括官に相談に行き、同年分の確定申告を自己名義で行つてよいかどうかを質した。

10  被控訴人は、昭和四七年三月、同四六年分につき貞道宛に送付されてきた青色申告書用紙を使用し、青色申告承認を受けることなく自己の名義で青色申告書による確定申告をした。

11  同税務署所得税課所属調査官は、同年分の被控訴人名義の青色申告書による確定申告を受理し、非違の有無を調査したうえ、行政指導として修正申告を勧告し、被控訴人がその勧告のとおり修正申告を行つたもに対し、青色申告の承認があるかどうかについてなんの指摘もしなかつた。

12  控訴人は、昭和四七年分から同五〇年分までの所得税についても、被控訴人に青色申告用紙を送付し、被控訴人の青色申告書による確定申告を受理するとともにその申告に係る所得税額を収納してきた。

13  なお、貞道名義で青色申告を継続してきた間、青色申告の承認を取り消されるようなことはなく、昭和四六年以降も式商店の帳簿書類の整備保存態勢に変化はなかつた。

14  被控訴人は、昭和五一年三月、控訴人から青色申告の承認申請がなかつたことを指摘されるや直ちにその申請をし、同年分以降についてその承認を受けた。

15  控訴人は、昭和五一年三月一二日突然本件各申告の青色申告としての効力を否定し、青色申告が業界で原則となつている酒類販売業の被控訴人に対し、白色申告としての本件各処分をして、不足納税額を徴収した。

以上のとおりであつて、前示被控訴人本人尋問の結果中、右認定に反する部分は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

なお、被控訴人は、右経過中で、昭和四六年分の自己名義の青色申告が修正申告の結果控訴人により過誤のない有効なものと認められたと過信したし、控訴人の同四七年分以降の所得税額の収納により自己名義の青色申告の有効性に疑問を抱く余地がなかつた旨主張するが、前記採用証拠及び右認定事実に照らせば、右主張事実はこれを認めるに足りないものといわなければならない。

しかして、納税申告は、納税者が所轄税務署長に納税申告書を提出することによつて完了する行為であり(国税通則法一七条ないし二二条参照)、税務署長による申告書の受理及び申告税額の収納は、当該申告書の申告内容を是認することを何ら意味するものでなく(同法二四条参照)、また、納税者が青色申告書により納税申告したからといつて、これをもつて青色申告の承認申請をしたものと解しうるものでないことはいうまでもなく、税務署長が納税者の青色申告書による確定申告につきその承認があるかどうかの確認を怠り、翌年分以降青色申告の用紙を当該納税者に送付したとしても、それをもつて当該納税者が税務署長により青色申告書の提出を承認されたものと受け取りうべきものでないことも明らかであり、さらに、このことは、納税者が青色申告書による納税申告をした際、青色申告の承認手続を経ていないことにつきなんらの適示をしないままであつたのに対し、税務署所得税課所属調査官が納税申告につき、調査をし修正申告の勧告をしたとしても同様であつて、以上のところに本件の前示事実関係を照らしてみると、本件各処分が控訴人の被控訴人に対して与えた公的見解の表示に反する処分であるということはできないものといわなければならない。

また、青色申告制度は、申告納税制度のもとで、前示二のように、青色申告の承認を受けたものに対し、課税手続上及び実体上種々の特典(租税優遇措置)を与えるものであつて、右特別の租税優遇措置を受けられないため、本来の納税義務を負担したことをもつて、重大な経済的不利益ということはできず、以上のところに本件の前示事実関係を照らしてみると、本件各処分が控訴人が被控訴人に対し著しい経済的不利益を与えたということはできないものといわなければならない。

さらに、前示事実関係によると、被控訴人は元税務職員で、青色申告の承認が必要なことは十分知つていたし、式商店の営業所得が自己に帰属すると主張できる立場にもなかつたが、貞道死亡後の相続税対策の一環として、営業資産の従前よりの自己への所属を装うために、自己名義の承認手続をしないまま貞道名義の青色申告に引き続くかたちで本件確定申告を継続したとの推認もあながちできないではなく(なお、前示税務署統括官に対する相談も確定申告一般のものであつた。)、被控訴人が控訴人の行為を信頼しその信頼に基づいて行動したとは到底いいがたく、その行動は被控訴人自身の責めに帰すべき事由によるものといわなければならない。

以上のとおり、本件各処分に被控訴人主張の信義則に反するという特別の事情があるものということはできず、被控訴人のこの点に関する前記主張は理由がない。

四  控訴人の本件各処分に違法はない。

よつて、右と異なる原判決主文第三項を取り消し、その部分の被控訴人の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 美山和義 裁判官 鍋山健 裁判官 江口寛志)

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